美萩野女子高等学校 沿革

明治41年6月
私立勝山女学館設置認可。吉村ヨシ館長就任
明治41年11月
小倉市大坂町の民家で授業開始。
修業年限本科2年、良妻賢母を旨とし婦徳、婦言、婦容、婦功を涵養する技芸学校として発足
明治42年6月
室町に移転
明治44年3月
元小倉市立堺町第二尋常小学校の一部払下げをうけ移転

大正12年4月
技芸学校の組織を改変し、私立勝山高等女学館と改称

昭和2年4月
私立勝山高等女学校と改称
昭和6年3月
校舎新設
昭和14年3月
私立勝山高等女学校設置者変更認可され、8学級を16学級に学級増加認可
昭和15年3月
小倉市大字三萩野598番地に新校舎(北、南校舎、体育館兼講堂)完成、移転
昭和16年2月
財団法人勝山高等女学校の設置認可 林徳一理事長就任
昭和17年1月
20学級増加認可
昭和18年3月
財団法人勝山高等女学校を財団法人美荻野学園と改称
小倉女子高商業学校設置認可
昭和22年4月
美荻野女子中学校設置認可
昭和23年3月
美荻野女子高等学校設置認可
小倉女子商業高校は同校に統合
昭和24年
新校歌制定
昭和25年
美萩野新聞創刊、制服設定
昭和26年3月
財団法人美萩野学園を学校法人美萩野学園に組織変更
昭和28年2月
美萩野女子高等学校商業科設置認可 普通科、家庭科、商業科の3学科編成
昭和29年2月
講堂完成
昭和30年3月
美萩野女子中学校廃止
昭和30年9月
生徒会組織発足
昭和32年7月
西校舎鉄筋コンクリート2階建(作法室、調理室、音楽室、美術室、理科実験室、図書室)増築着工
昭和33年1月
西校舎完成
昭和37年12月
西校舎3階5教室、試食室を増築完成
昭和38年9月
本館工事着工
昭和39年5月
本館完成、移転(1階管理部門、2~4階普違教室36室)
昭和39年6月
体育館兼講堂工事、同窓会館(生徒食堂、図書館、家庭科教室、作法室、茶室、宿泊設備)着工
昭和40年2月
体育館兼講堂、同窓会館完成
昭和40年4月
グラウンド整備完成
昭和40年5月
新校舎完成
昭和42年1月
林フミ理事長就任
昭和43年11月
創立60周年記念式典挙行
昭和46年4月
権堂義幸理事長就任 美萩野学園美萩野歯科衛生士学院設置認可 北九州市小倉北区片野新町2丁目5番28号
昭和48年5月
美萩野学園美萩野歯科衛生士学院を美萩野学園美萩野保健衛生学院と改称
昭和50年4月
衛生看護科設置認可
昭和53年11月
創立70周年記念式典挙行
昭和55年4月
西館鉄筋コンクリート4階建完成(特別教室棟)
昭和56年9月
第2体育館完成(2階コンピュータ室)
昭和58年4月
家庭科廃止
昭和59年4月
衛生看護専攻科認可、専攻科校舎完成
昭和63年4月
商業科に3コースを設定(OAコース、経理コース、ビジネスコース)
昭和63年11月
創立80年記念式典挙行

平成8年4月
権堂憲幸理事長就任
平成9年4月
普通科に「情報処理コース」を新設し、商業科「ビジネスコース」と 「経理コース」を発展的に合併して「商業コース」と改称 完全週休五日制実施(土曜講座開始) 新制服の制定(ハナエ・モリ・デザイン)
平成9年9月
全館冷暖房工事完成
平成10年11月
創立90周年式典挙行(小倉市民会館)
平成12年4月
商業科をOA科とし、「商業コース」「OAコース」のコース制を廃止した。 また、普通科の「情報処理コース」も廃止
平成14年4月
衛生看護科を5年制として「看護科(3年)看護専攻科(2年)」と改称
平成15年9月
駐輪場を設置し、自転車通学を許可
平成17年4月
看護科定員70名認可 新制服の制定(本科・看護専攻科)
平成19年4月
普通科に「介護福祉コース」を新設
平成19年6月
新制服(夏服)の制定
平成20年10月
創立100周年記念式典挙行(北九州芸術劇場)
平成22年4月
OA科をキャリア情報科と改称
平成28年4月
キャリア情報科を商業科と改称
平成29年4月
権堂竹虎理事長就任